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湯布院温泉とは

湯布院と由布院

 湯布院温泉で最初に押さえておきたいのが、「湯布院」と「由布院」とどっちが正しいの?ですね。詳しくはフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を参照してください。これを要約すると、昭和30年(1955)の昭和の大合併の時に、由布院町と湯平村が合併し湯平村の「湯」の字をあてて「湯布院町」となり、その時点では温泉名は由布院温泉であった。しかし、昭和34年(1959)に由布院温泉が国民保養温泉地に指定された際、指定名称が町名である湯布院を使って湯布院温泉と指定されたため、両方の名称が混在して現在にいたっているそうです。ですから、正式に言うと由布院温泉で駅名も由布院駅であり、観光協会名も由布院温泉観光協会であり、近くの山も由布岳なのです。でも一般的に湯布院温泉の方が認知度が高いようなので当HPは湯布院温泉にしました。

湯布院温泉の基本情報と歴史

由布院盆地の朝霧 湯布院温泉は、豊後富士とたたえられる由布岳の裾野に広がる温泉地で、由布院盆地にあります。この由布院盆地は右の写真のように朝霧の名所としても知られ、秋から冬にかけてよく見られる朝霧に包まれた景色はとてもきれいです。また、湖底からお湯が湧出する金鱗湖は湯布院温泉の象徴ともいえる観光スポットです。

 湯布院温泉は、温泉湧出量が全国3位、源泉の数は852本で、別府温泉に次いで全国で2位という大きな温泉地です。泉質は単純温泉、弱食塩泉、硫酸塩泉の3つで、効能はリウマチや神経痛、皮膚病などに効くとされています。共同浴場は14ヶ所です。

 湯布院温泉の歴史は古く、奈良時代の豊後風土記や平安時代の和妙抄にも由布の地名が記載されています。湯布院温泉は、元々別府温泉の一部として数えられていたそうですが、大正時代に切り離されました。そのため、湯布院温泉は今でも「別府の奥座敷」と呼ばれています。湯布院温泉は高度経済成長期に、他の大きな温泉地のような歓楽街にすることを避け、たびたびの開発計画にも反対してきた歴史があります。

 そのため別府温泉のような歓楽街もないし、高いビル建築のホテルもないため静かな印象があります。また昭和50年代から町ぐるみで芸術に力を入れ、「ゆふいん音楽祭」や「湯布院映画祭」が始まり、湯布院温泉のあちこちに個性的な美術館ができました。

 湯布院温泉は多くの温泉地に見られる、かたまったエリアだけに温泉が出るのではなく、広範囲に温泉が湧き出すため各旅館は分散していて、川の端や林の間などに点在し、その分どの旅館も敷地が広いです。そのため、離れの宿が多く別荘のようなたたずまいが特徴です。特に、由布院玉の湯、亀の井別荘、山荘無量塔(むらた)などは敷地が広く人気の高級旅館で、しかもこの旅館自体が観光名所になっているくらい雰囲気のある旅館です。外せない人気の観光スポットです。

 このように昭和の大規模な温泉街に多く見られた歓楽性をなるべく排除した静かなたたずまいと、個性的な美術館などの芸術性あふれる街並み、おしゃれなショップやカフェ、レストランなどが散在し、アートの街として女性客の圧倒的な支持を得て、人気温泉ランキングでベスト3に必ず入る温泉地になりました。

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